物理学ってどんな学問?


 私は大学院で理論物理学の研究をしていたのですが、 物理にまったく関わったことがない人にとっては物理の研究ってほんとにナゾですよね。
私自身、自分の分野を専門外の人に説明するときに物理をやっている(やっていた)人とそうでない人 の間にすごく認識のギャップがあるように感じました。なので物理学について広く知ってもらうために 物理ってどんな学問なのか、かんたんに紹介してみたいと思います。


 物理学というのはその名の通り、物の理(ことわり)を探求する学問です。 私達の身の回りにはたくさんの物がありますが、それら物の振る舞いや性質がいったいどのような ルールに従っているのか、ということを調べています。このルールが物理法則と呼ばれるものです。
これは私達が普段生活していてあまり意識することはないですが、言い換えると私達の身の回りにある物は 実は全くデタラメに動いたりするわけではなくて、その振る舞いには一定のパターンがあり、 それらは物理法則というルールにまとめることが できるということで、非常に不思議なことです。
 高校で物理をやったことがある人はやたらと振り子の運動やらバネについた重りの運動やらを やらされて、一体こんなことがなんの役に立つんだろう、とうんざりしたことと思います。
でも、そういう身近でかんたんな例題にも物理の基本がつまっています。というか物理そのものです。 バネについた重りがびよんびよん動くときだって、デタラメに動いているわけではなくてさっき言ったように 運動の規則に従っていることを学ぶことができます。例えば重りを強く引っ張ると、より早く振動する、などです。
しかもその運動の規則は一般的に数式で表すことができるんです。 私なんかはこの事実はそうとうcoolだと思って感動してしまいますが、 そういう変態的な嗜好を持たない人にとってはなんのこっちゃですね(笑)。
 とりあえずまとめると、物理学の目的は物体の振る舞いを決める物理法則というルールを調べることで、 それは数式で表せる、ということです。


 なので物理学の研究では基本的に、物の性質や振る舞いについて調べて新しい発見をすることを 目的としています。
ただもちろん延々とバネの運動について調べているわけではないです (大学で物理をやったことがある人は意外とバネの運動がめちゃくちゃ大事だということはご存知かと思います)。
私達の身の回りにある物はすべて原子や分子という粒からできていることがわかっています。 さらにその原子も原子核と電子という粒からできています。 もっと細かくみることもできますがここではこれ以上触れません。
これらの粒子たちの性質は非常に豊かであって、私達が実際に体験する現象は この粒子たちの振る舞いによってかなりよく説明できることがわかっています。
また、粒子たちがたくさん集まっているような場合(多体系といいます)を考えると、 粒子一つ一つを見ているだけでは説明できない現象というのもあるので、 物質を細かく分解しまくればいいというわけではなくて、奥が深いです。
なので物理で実際に研究をするときは主にそういう粒子たちの振る舞いを いろんなやり方で慎重に調べることになります。


 いろんなやり方といいましたが、これは理論と実験に大別することができます。 これは物理に限らず、サイエンスという分野の性質からで言えることです。
サイエンスは理論的に立てた仮設を実験で実際に証明することができる、というのが 他の学問との大きな違いです。 生物や化学、地学などの物理以外の分野でもサイエンスである以上、理論と実験というふたつの やりかたがあるのが普通です。
ただ、物理はその理論と実験の区別が他のサイエンスの分野より、かなりはっきりしています。 それはどういうことかというと、他の例えば生物学でいうと生物学の研究者は実験だけをするのではなく 実験で見つけた現象がどういう理屈でおこるのか、という理論的なこともやるのに対し、 物理学では理論を考える人と実験をする人が別々になっているということです (生物はそんなに詳しくないので適当なこといってたらすいません)。
これは物理学の理論がややこしくなりすぎたために理論と実験を両方こなすのが 難しくなってしまったためです。

 せっかくですので、物理学が他の分野と比べて変わっているところをいくつか説明しようと思います。
まず、物質の振る舞いや性質についてのルールを調べるという学問の性質上、 他の分野に比べて、議論が一般的であればあるほど価値があると考えられる傾向にあります。 これはどういうことかというと、ある現象についてその現象を説明できるルールを見つけたとき、 そのルールが他のいろんな現象や場合にも成り立つほうが喜ばれるということです。 これは一つのルールでたくさんの現象を記述できたほうが便利だからです。 例えば、ある地域ごとに法律が違うよりは国全体で一つの法律を定めたほうが 管理がしやすいということと似ていると思います。
 次に、物理学は他の分野に比べて論理的に厳密であるといわれています。
それは物理法則が数学的に表せることが大きく関係しています。 数学は非常に厳密で強力なので、数学を使って理論を作ることができればその理論も理路整然としたものになります。 そのおかげで理論が他の分野よりも発達している傾向にあります。
実験の場合でも発見された現象に論理的な説明がつくことを前提として行われるので論理展開が明確です。 なので研究を論文として発表するときは新しいことを見つけたとしてもそれが本当に意味のある新規の現象なのか、 観測可能なのか、それがどういうメカニズムから説明されるべきなのか、 といったことが書いてないと受け入れられにくいと思います。
 ここで誤解のないように言っておくと、だから物理学が偉いとかそういうことではありません。 物理学の特徴がそうなっているだけで、他の分野でもこうするべきとは考えていません。 それに、分野が違うと扱う題材も全く違うので物理みたいな厳密な定式化のやり方が上手くいくかどうか は難しいところです。ただ、それぞれの分野にあった良いやり方があるんだと思います。

 話が前後して申し訳ないですが、物理学の実験と理論の話に戻ろうと思います。
実験と理論の2つの研究スタイルがあるので、物理の研究を始める場合は研究室選びの段階で、研究分野を決めるのと 同時に実験にすすむのか理論に進むのかをきめます。 これはたとえば、高校で進路を決めるとき、理系に進むのか文系に進むのかを決めるようなものです。
冒頭でサラッと書いたのですが、私は理論屋なので実験はしません。 他のサイエンスの分野の方と話すときに、物理の研究をしているというと、某テレビドラマのガリレオみたいな 感じを思い浮かべて、みんな実験しているんだと思われがちなのでたまに困ります。 理論しかやらないんですよー、みたいなことを説明しても、いまいちピンときてないような顔をされます。
他の分野の方からしたら、実験することは当たり前なので 研究なのに実験をしないということは理解しにくいんだと思います。

riron_image (イメージ図)


 実験をやる人はイメージしやすいけど、理論屋って具体的になにをするんでしょうか。
基本的には既存の物理学の理論から新しい現象や物質の性質を予想したり、理論そのものを作ったりします。
そのために、ゴリゴリ計算したりコンピュータで数値シミュレーションをしたりします。 そういうわけで実験をやる人は研究室に言って実験機器をいじくりたおすわけですが、 理論をやる人は紙とペンとパソコンを使います(なので自粛中でも家で研究をすすめることができます)。
理論屋さんたちが導き出した結果を元に、実験屋さんたちが実験で確かめてくれて物理の研究が進んでいきます。 またその逆に実験屋さんたちがみつけた現象を理論屋さんたちが理論的に説明をするという場合もあります。
物理の研究というのはそういう感じです。


 以上、私なりに物理学という学問を紹介してみました。 物理学は物質の性質について明確な理由を与えてくれるので、 そういうのが好きな人にとってはとてもおもしろいですよ。
もし興味を持たれて、もっと知りたいという方は色んな本がでているので、簡単そうなものから 手にとってみることをおすすめします。ブルーバックスとか岩波書店などからでているもので楽しく読める本が たくさんあると思います(間違ってもいきなりランダウ-リフシッツとかを読むことのないように)。
物理専攻の大学院生の生活について気になる方は こちらもどうぞ。

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