Caldeira-Leggett モデルとは - モデルの紹介とマスター方程式導出のための準備 -
ハミルトニアン
量子開放系のモデルとして知られるCaldeira-Leggettモデルを考え,注目系の密度行列の時間発展をマスター方程式の形で表すことを考える.
このモデルでは,無限個の調和振動子系(熱浴的な環境)と接する1粒子不純物系(注目系)を考える.
注目系と環境で,それぞれのハミルトニアンは$H^S, \, H^B$と表される.
その間の相互作用ハミルトニアンを$H_I$と書くことにすると,全系のハミルトニアンはそれぞれの部分の和で表すことができて,
\begin{align}
\hat{H}
&=
\hat{H}^S + \hat{H}^B + \hat{H}^I
\label{CL_hamiltonian}
\\
\hat{H}^S
&=
\frac{p^2}{2m}
+ V(x)
\\
\hat{H}^B
&=
\frac{1}{2}
\sum^{\infty}_{k=0}
\left[ P^2_{k} + \omega^2_k X^2_{k} \right]
\\
\hat{H}^I
&=
-\sum^{\infty}_{k=0}
c_k x X_{k}
\end{align}
と書ける.ただし$x,\ X$がそれぞれ系と環境の座標演算子で,$c_k$はそれらの間の結合定数である.また環境粒子の質量は簡単のため全て$1$とした.
相互作用項は互いの座標について線形な形を考えている.
このモデルはA.O Caldeira と A.J Leggettによって、ポテンシャル中を運動する粒子に起きる散逸の起源を調べるために考案されたものである。
その後も解析的に扱える量子開放系のモデルとして重宝されている。
その理由としては環境の粒子がすべて調和振動子なので、力学などで馴染み深い計算がそのまま適用できるからである。
また、注目系の粒子と環境の相互作用は互いの座標の線形結合という簡単な形なので、イメージもしやすい。
参考文献
- A.O Caldeira and A.J Leggett, Quantum tunnelling in a dissipative system, Ann. of Phys. 149(2), 374–456 (1983).
- A. O. Caldeira and A. J. Leggett, Path integral approach to quantum Brownian motion, Physica A 121(3), 587–616 (1983).
密度行列の時間発展
ここでは$\hat{H}$による密度行列の時間発展を考え,経路積分を用いたFeynman-Vernonの方法で環境の自由度をトレースアウトして換算密度行列を定義することを考える.
また,高温極限で換算密度行列に対するマスター方程式を導く.
まずは密度行列の時間発展を考えてみよう。
その時間発展はvon Neumann方程式に従い
\begin{align}
\frac{d \hat{\rho}_t}{dt}
&=
-i [\hat{H}, \hat{\rho}_t]
\end{align}
と表せるので形式解は
\begin{align}
\hat{\rho}_t
&=
\exp{(-i\hat{H}t)}
\hat{\rho}_0
\exp{(i\hat{H}t)},
\label{dm2}
\end{align}
である.ここで
$\hat{\rho}_0$は$t=0$での密度行列であり,初期時刻では相互作用がなく
\begin{align}
\hat{\rho}_0
=
\hat{\rho}^S_0 \otimes \hat{\rho}^B_0
\end{align}
と表せるとする.
また,環境の状態は温度$T$の熱平衡状態で$\hat{\rho}^B_0=e^{-\beta \hat{H}_B}/Z,\ \beta=1/k_B T, \ Z=\mathrm{Tr}e^{-\beta \hat{H}_B}$である.
注目系と環境系の座標で密度行列要素を考え,環境変数を積分して換算密度行列用を以下のように定義する.
\begin{align}
\rho_t^S(x, x^{\prime})
&=
\int_{X}
\langle x,; X | \hat{\rho}_t |x^{\prime},; X \rangle,
\label{rd1}
\\
\langle x,; X | \hat{\rho}_t |x^{\prime},; X \rangle
&=
\int_{\bar{x},\bar{x}^{\prime}, \bar{X},\bar{X}^{\prime}}
\braket{xX|e^{-i\hat{H}t}|\bar{x} \bar{X}}
\braket{\bar{x} \bar{X}|\hat{\rho}_0|\bar{x}^{\prime} \bar{X}^{\prime}}
\braket{\bar{x}^{\prime} \bar{X}^{\prime}|e^{i\hat{H}t}|x^{\prime} X^{\prime}}
\\
&=
\int_{\bar{x},\bar{x}^{\prime}, \bar{X},\bar{X}^{\prime}}
K(xX,\bar{x}\bar{X};t,0)
\rho_0 (\bar{x}\bar{X},\bar{x}^{\prime}\bar{X}^{\prime})
K(\bar{x}^{\prime}\bar{X}^{\prime}, x^{\prime}X^{\prime};0,t)
\end{align}
ここで環境の積分は省略形で
$\int_{X}\equiv \Pi_k \int {\rm d}{X}_k$
と表し,中間状態の遷移振幅は
$K(xX,\bar{x}\bar{X};t,0) = \bra{xX} e^{-i \hat{H}t} \ket{\bar{x}\bar{X}} = \int \mathcal{D}x \mathcal{D}X e^{i \mathcal{A}[x,X]}$
である.
また
$\mathcal{A}$
は全系の作用でハミルトニアンと同じように
$\mathcal{A}[x,X]\equiv \mathcal{A}_S [x] + \mathcal{A}_B [X] + \mathcal{A}_I [x,X]$
と書ける.
遷移振幅の経路積分表示
次に,上で得た遷移振幅を経路積分表示することを考える.
気持ちとしては,遷移振幅を経路積分表示してから環境変数に関する部分だけ積分を実行することで,相互作用と環境の効果を取り込んだ注目系の換算密度行列を得たいという感じである.
ここでの計算はそのための準備段階にあたる.
まず
$x_0=\bar{x}$,
$x_t=x$,
$X_0=\bar{X}$,
$X_t=X$,
$t=n\Delta t$
として遷移振幅
$K$
を経路積分表示すると
\begin{align}
\nonumber
K(xX,\bar{x}\bar{X};t,0)
&=
\bra{xX} e^{-i \hat{H} \Delta t} \cdots e^{-i \hat{H} \Delta t} \ket{\bar{x}\bar{X}}
\\
\nonumber
&=
\bra{xX} e^{-i \hat{H} \Delta t} \cdots e^{-i \hat{H} \Delta t}
\int_{x_1, X_1} \ket{x_1X_1} \bra{x_1X_1} e^{-i \hat{H} \Delta t} \ket{\bar{x}\bar{X}}
\\
\nonumber
&\quad\cdots
\\
\nonumber
&=
\prod^{n-1}_{i=1} \int_{x_{i} X_{i}}
\bra{xX} e^{-i \hat{H} \Delta t} \ket{x_{n-1} X_{n-1}}
\cdots \bra{x_1X_1} e^{-i \hat{H} \Delta t} \ket{\bar{x}\bar{X}}
\\
\nonumber
&=
\prod^{n-1}_{i=1} \int_{x_{i} X_{i}} \prod^{n}_{j=1} \int_{p_{j} P_{j}}
\\
&\quad\times
\bra{xX} e^{-i \hat{H} \Delta t} \ket{p_n P_n}
\braket{p_n P_n | x_{n-1} X_{n-1}}
\cdots \bra{x_1X_1} e^{-i \hat{H} \Delta t} \ket{p_1 P_1} \braket{p_1 P_1| \bar{x}\bar{X}}
\label{propaK}
\end{align}
となる.
ここで,最右辺の一つ目のexp部分に注目するとHamiltonianを使って
\begin{align}
\nonumber
&\int_{p_1 P_1}
\bra{x_1X_1} e^{-i H(p_1 P_1 , x_1 X_1) \Delta t} \ket{p_1 P_1} \braket{p_1 P_1| \bar{x} \bar{X}}
\\
\nonumber
&=
\int_{p_1 P_1}
e^{-i H(p_1 P_1 , x_1 X_1) \Delta t} e^{-i p_1(x_1 -\bar{x}) }
\\
\nonumber
&=
\int_{p_1 P_1}
\exp{
\left[
-i
\left[
\frac{p_1^2}{2m} + V(x_1)
+ \frac{1}{2}\left[ P^2_{1} + \omega^2 X^2_{1} \right]
-c x_1 X_{1}
\right]
\Delta t
\right]
}
\\
&\times
e^{-i p_1(x_1 -\bar{x}) } e^{-i P_1(X_1 -\bar{X}) }
\label{intp1P1}
\end{align}
とかける.
簡単のためにkの和と添え字を省略した.最後の式のexpの肩をまとめると
\begin{align}
\nonumber
&-i \Delta t
\left[
\frac{p_1^2}{2m} + V(x_1)
+ \frac{1}{2}\left[ P^2_{1} + \omega^2 X^2_{1} \right]
-c x_1 X_{1}
+ p_1\frac{(x_1 -\bar{x})}{\Delta t}
+ P_1\frac{(X_1 -\bar{X})}{\Delta t}
\right]
\\
\nonumber
&=
-i \Delta t
\left[
\frac{p_1^2}{2m} + V(x_1)
+ \frac{1}{2}\left[ P^2_{1} + \omega^2 X^2_{1} \right]
-c x_1 X_{1}
+ p_1\dot{x}_1
+ P_1\dot{X}_1
\right]
\\
\nonumber
&=
-i \Delta t
\left[
\frac{1}{2m} (p_1+m\dot{x}_1)^2 -\frac{m}{2} \dot{x}^2_1 +V(x_1)
+\frac{1}{2} (P_1 + \dot{X}_1)^2 - \frac{1}{2} \dot{X}^2_1
+ \frac{1}{2}\omega^2 X_1^2
- c x_1 X_1
\right]
\\
&=
-i\frac{1}{2m} (p_1+m\dot{x}_1)^2 \Delta t -i \frac{1}{2} (P_1 + \dot{X}_1)^2 \Delta t
+ i \Delta t
\left[
\frac{m}{2} \dot{x}^2_1 -V(x_1) +\frac{1}{2} \dot{X}^2_1
-\frac{1}{2}\omega^2 X_1^2
+ cx_1 X_1
\right]
\end{align}
と表せる
($\dot{x}_1 = \frac{(x_1 -\bar{x})}{\Delta t}$).
よって,
(\ref{intp1P1})
式は
$p_1$と
$P_1$
について積分することができて
\begin{align}
(\mbox{RHS,(\ref{intp1P1})})
&=
\sqrt{\frac{2m \pi}{\Delta t}} \sqrt{\frac{2 \pi}{\Delta t}}
\exp{
\left[
i \left[
\frac{m}{2} \dot{x}_1 -V(x_1) +\frac{1}{2} \dot{X}_1
- \frac{1}{2}\omega^2 X_1^2
+ cx_1 X_1
\right]
\Delta t
\right]
}
\end{align}
となる.
よって,この計算を
(\ref{propaK})
式の各部分について行うと
\begin{align}
\nonumber
(\mbox{RHS,(\ref{propaK})})
&=
\left( \frac{2m \pi}{\Delta t} \right)^{\frac{n}{2}}
\left( \frac{2 \pi}{\Delta t} \right)^{\frac{n}{2}}
\prod^{n-1}_{i=1} \int_{x_{i} X_{i}}
\\
&\quad \quad \times
\prod^{n}_{j=1}
\exp{
\left[
i \left[
\frac{m}{2} \dot{x}_j -V(x_j)
+\frac{1}{2} \dot{X}_j
- \frac{1}{2}\omega^2 X_j^2
+ cx_j X_j
\right]
\Delta t
\right]
}
\\
& \xrightarrow[n \to \infty]{}
\int \mathcal{D}x \mathcal{D}X e^{i \mathcal{A}[x,X]}
\end{align}
となる.
ただし
$n \rightarrow \infty$
として
\begin{align}
\mathcal{D}x
&\equiv
\lim_{n \rightarrow \infty}
\left( \frac{2m \pi}{\Delta t} \right)^{\frac{n}{2}}
\prod^{n-1}_{i=1} dx_{i}
\\
\mathcal{D}X
&\equiv
\lim_{n \rightarrow \infty}
\left( \frac{2 \pi}{\Delta t} \right)^{\frac{n}{2}}
\prod^{n-1}_{i=1} dX_{i}
\end{align}
とした.
同様に
\begin{align}
\nonumber
\bra{\bar{x}^{\prime}\bar{X}^{\prime}} e^{i \hat{H}t} \ket{x^{\prime}X^{\prime}}
&=
\int \mathcal{D}x^{\prime} \mathcal{D}X^{\prime}
e^{-i \mathcal{A}[x^{\prime},X^{\prime}]}
\end{align}
となる.
ただし作用は
\begin{align}
\mathcal{A}[x,X]
&\equiv
\mathcal{A}^S [x] + \mathcal{A}^B [X] + \mathcal{A}^I [x,X]
\\
\mathcal{A}^S [x]
&=
\int^t_0 du [\frac{1}{2} m \dot{x}^2 (u) - V(x(u))]
\\
\mathcal{A}^B [X]
&=
\frac{1}{2}\int^t_0 du \sum_{k} \left[ \dot{X}^2_{k} (u) - \omega^2_k X^2_{k} (u) \right]
\\
\mathcal{A}^I [x,X]
&=
\sum_{k} \int^t_0 du \, c_k x(u) X_{k} (u)
\end{align}
である.
これで,遷移振幅を経路積分表示することができた.
その結果,得られた右辺の$\exp$の肩は今考えている全体系の作用とみなすことができる.
実際,うえで書いた$\mathcal{A}$は各粒子の座標についての汎関数となっていることがわかる.
中身の構造をみると,被積分関数は座標とその時間微分によってあらわされ,元のハミルトニアンと対応したラグランジアンになっている.
ここでも$\mathcal{A}^I$が相互作用項になっており,この項が最終的に注目粒子に働く摩擦項に効いてくることになる.
次回では環境系の変数を実際に積分して,環境が注目系の有効作用にどのような影響を与えるのかを調べる.
影響汎関数の計算 - Caldeira-Leggettモデルを用いた具体例 -
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