書評 量子流体力学

著者:坪田誠、笠松健一、小林未知数、竹内宏光

出版社:丸善出版

本書は極低温の量子多体系が凝縮状態になることによって示す、超流動性をテーマにしています。第1章ではなぜ量子流体の振る舞いを知ることが重要であるのかということの動機づけを行っていて、この分野の初学者にもとっつきやすい印象です。通常の液体やガスの流れを示すような古典流体に対して、その動的なふるまいは流体の速度場に対して非線形なナビエ・ストークス方程式によって決まることが知られていますが、この方程式は複雑故に解析的に解くことが難しく、実際のダイナミクスを知ることは、現代の物理学においても未解決問題の一つとなっています。

特に乱流と呼ばれる複雑な流れのダイナミクスになると、その解析はより困難を極めます。ただ、乱流のダイナミクスの解析には渦の運動を知ることが重要であることが知られているようです。こういった事情の古典流体に対して、凝縮体による量子流体では超流動性が出現し、粘性がゼロとなることや渦糸の量子化などにより、ある意味理想的な状況ができていることで、多少なりとも解析が可能であるという期待が持たれています。また、超流動自体が非自明な現象であるので、量子流体そのものの性質を知るということも重要です。古典乱流を知るために量子流体の乱流を調べる、さらに量子乱流を知るために量子渦を調べる、というロジックで展開されており、議論が明確でわかりやすいです。

量子流体が出現するのはヘリウム3,4や冷却原子期待の系であるので続く2章ではそれらの基本事項が確認できます。さらに3,4章ではそれぞれの系での量子渦の性質に触れており、5,6章では流体の不安定性とメインの量子乱流を議論しています。さらに7章では中性子星や液晶との関連も示されており、基礎から応用までコンパクトにまとまっていると言えます。同じく冷却原子系を扱っている本として有名なもので ボーズ・アインシュタイン凝縮 ペシック、スミスがありますが、これと比べると渦や量子流体についての記述が豊富です。

全体を通して実験結果や研究の歴史的経緯なども多く含んでいて、途中の計算は少し行間がある印象だったので、初めて冷却原子系や超流動について学ぶ方が全体を概観するために読むのが良いかと思われます。さらに気になったところを参考文献や他の本で補っていくと効率的です。特に2章は冷却原子系の基礎などが80ページ程度でまとまっているので、初めに読んでも挫折しにくいのではないでしょうか。


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