量子とは何か?
最近メディアなどでも取り上げられることが増えてきた量子コンピュータのおかげか、世間一般でも量子力学という分野の名前を知っている人が増えたように思う。 もしくはSFなどでも出てくることがあるかもしれない。 しかしながら名前だけ聞いたことがあっても、それがどういった学問なのか、何を対象にしていて、どんな研究がされているのか、といったことまで知っている人は大学で物理学専攻でない限り、ほとんどいない。 なにかはわからないが、とにかくやたら難しそうだというのが人々が持つ印象だろう。 筆者が所属するIT業界ではAIの話題が連日ニュースサイトなどを騒がせているが、その陰に隠れて量子コンピュータの進展の話なども時々目にするようになった。
そんなこんなで、「量子コンピュータや量子力学の名前になっている”量子”とは何なのか?」、と疑問に思う人の割合も増えたに違いない(こじつけ)。 実際のところ、量子って何ですか、と聞かれてどのように答えればいいのか困ってしまったことがある。 物理学専攻の学生や研究者ですら量子力学の下でふるまう粒子の性質は不可思議で受け入れるのに時間がかかるものだ。 それを物理学を学んだことのない一般の人にできるだけわかりやすく短く(できれば一言で)説明するというのは結構な難題である。 何かの拍子に量子について聞かれたときに、すぐに答えられるようにしておくには準備が必要だ。
そこで量子力学で扱う量子とは何なのかを改めて考えてみる。 学生の頃に量子力学の本をいくつか読んできたが、「量子」という言葉の定義をしっかりしていた記憶がなかったので、改めて調べるなどした。 そもそもだが量子力学というのは物理学の一つの分野で、相対性理論とともに現代物理学の大きな二つの基礎として確立されている。 量子力学は原子や電子といった、人間のスケールから見てミクロのスケールの粒子のふるまいを予測したり性質を明らかにする学問分野である。 このミクロスケールの粒子たちはマクロな世界のサッカーボールの運動などとは異なる振る舞いをするので、量子力学以前の普通の力学は古典力学と呼ばれ区別される。 その特殊な振る舞いとしてもっとも顕著なものが粒子と波の二重性である。 これは、量子力学で扱うミクロの粒子たちは波の性質と粒子の性質を合わせ持つ、というものである。 冒頭の問いに対して先に結論を言うと、量子力学は「量子」の力学なので、 このミクロなスケールで粒子と波の二重性を持つものが量子である。
では量子がもつ粒子と波の二重性についても簡単にまとめておこう。 波の性質としては例えば、干渉を起こしたり互いに重ね合わせが起きたりするものがある。 一方で粒子の性質としては1個、2個と数えることができたり、互いに衝突して運動の向きを変えることなどが挙げられる。 この二つの性質が共存することは我々の日常的な感覚からすると相いれないものである。 水面波を想像すると、どこからどこまでが1個の波なのかを数えることはできないし、2つの粒子を重ね合わせることもできそうにない。 しかし実際にはミクロの世界では直観とは異なる性質を持っているらしい。
もちろん世界中の物理学者も人間なので、こんな不可思議な性質はすぐに受け入れられたわけではないが、実験で電子や光が粒子性と波動性をもつことが示され、そのことを理論的に考慮すると古典物理だけでは解決しなかった問題が解けたりしたので、経験的に納得していった節がある。 しかし納得というのも語弊があるかもしれない。 人間が生活するマクロなスケールでは粒子と波の二重性は直観的でないので、どこまでいっても腑に落ちることは難しい。 ミクロな粒子の性質を計算することはできるので、数学的な扱いの中でそれらの振る舞いに慣れていったというほうが正しいだろう。 この粒子と波の二重性を数式として表現しているのがアインシュタイン・ドブロイの関係式であり、
と表される。 ここでそれぞれ、$E$は量子の持つエネルギー、$\nu$は量子の振動数、$p$は量子の運動量、 $k$は量子の波数、$\hbar = \frac{h}{2\pi}$は$h$をプランク定数とした換算プランク定数である。 古典力学を学んだことがある人であれば、特に2つ目の式が衝撃的で分かりやすいと思う。 左辺は運動量という粒子に対して定義される量があり、右辺では波数という波に対して定義される量があって、それらが互いに等しいということを意味しているからである。 これらの式を基礎にして不確定性原理やシュレディンガー方程式といった豊富な議論が展開されるのが量子力学である。
ところで「量子とは何か?」、と聞かれたときには何と答えるのが適切なのだろうか。 もちろん正確さの観点でいえば、上で述べたように、「ミクロスケールで粒子の性質と波の性質を持つものです」というのが正しい。 しかし物理をやったことがない人は波と粒子が互いに直観的に相いれないということにもピンと来ないかもしれないし、そもそも波の性質として重ね合わせを知らない可能性もある。 原子や電子はなんとなく知っていることが多いので、「原子や電子みたいに小さい粒子のことです」といってお茶を濁してしまうのもいいかもしれない。 もう少し興味がありそうなら、その後に、「より正確に言えば、ミクロスケールで粒子の性質と波の性質を持つものです。量子コンピュータの解説記事でよく書いてある状態の重ね合わせは量子のもつ波の性質の1つで~」などと入れるのもいいだろう。
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