ディラック方程式の導出

相対論的量子力学で出てくるディラック方程式の導出です. ここでの説明は裳華房から出ている川村嘉春さんの 「相対論的量子力学」を参考にしています。 この本に限らず,この量子力学選書シリーズはわかりやすいので独学にもオススメです.

まずクラインゴルドン方程式を導き,それを一電子の波動方程式として解釈すると, 確率解釈に困難が生じることを見ます.次にその困難を避けるためにディラック方程式を導きます. ここでは自然単位系を使います( $ \hbar = c = 1 $ ).

相対論的な量子力学の方程式を作るために,シュレディンガー方程式の場合と同様にして, シュレディンガーの置き換え

\begin{align} E & \to i \frac{\partial}{\partial t} \\ \mathbf{p} & \to -i \nabla \end{align}

という操作を行います.$ p $を粒子の運動量,$ m $を質量とする相対論的なエネルギー$ E^2=p^2 +m^2 $の式に上の置き換えを施して 波動関数$ \phi $をかけると

\begin{align} &-{\partial}_t^2 \phi = - {\nabla}^2 \phi + m^2 \phi \\ &( {\partial}^{\mu} {\partial}_{\mu} + m^2 ) \phi (x) =0 \end{align}

となって,クラインゴルドン方程式が出ます. この$\phi (x)$をシュレディンガー方程式の場合と同様に,一粒子の波動関数と見なして, 連続の式を導いてみます. まず,確率密度と確率の流れを次のように定義します.

\begin{align} \rho & \equiv \frac{i}{2m} ({\phi}^{\ast} {\partial}_t \phi - \phi {\partial}_t {\phi}^{\ast}) \\ \mathbf{j} & = -\frac{i}{2m} \{ {\phi}^{\ast} \nabla \phi - \phi \nabla {\phi}^{\ast} \} \end{align}

この二式から連続の式は

\begin{align} {\partial}_{\mu} j^{\mu} &= \frac{i}{2m} \{ {\phi}^{\ast} ({\partial}_{\mu} {\partial}^{\mu} \phi) - ({\partial}^{\mu} {\partial}_{\mu}) \phi \} \\ &= 0 \end{align}

となります.

ここで簡単のために$\mathbf{p}=0$のとき,すなわち静止解

\begin{align} \phi_E (t)= N e^{-iEt} \end{align} を考えてみます.ただし$E=\pm m$とします.これを$\rho$に代入すると \begin{align} \rho = \frac{ {\mid N \mid}^2 }{m} E \end{align}

となります.これをみると,Eの符号によって$\rho$の値が正負のどちらの値もとることが分かります. よって非相対論的な量子力学のときのように$\rho$を単純に確率密度と解釈することはできません.

確率解釈ができないのはまずいので,別の方法を探しましょう. ちなみにこのクラインゴルドン方程式は場の理論で復活します。 上のような結果になったのは元のクラインゴルドン方程式に時間の二階微分が 含まれているためです.
よって,確率解釈ができるようにするためには, 時間と空間にに対して一階微分だけを含むような方程式を作るべきです.

まずエネルギーが,ある数$\alpha$ と$\beta$を用いて

\begin{align} E=\mathbf{\alpha} \cdot \mathbf{p} + \beta m \end{align}

とかけたとします.このときハミルトニアンの二乗を考えると

\begin{align} H^2 &= \sum_{i,j=1}^3 ({\alpha}_i p_i + \beta m)({\alpha}_j +\beta m) \\ &= \sum_{i,j} ({\alpha}_i {\alpha}_j p_i p_j + mp_i ({\alpha}_i \beta + \beta {\alpha}_i) +{\beta}^2 m ) \\ &= \sum_{i,j} ({\alpha}_i ^2 p_i ^2 + mp_i ({\alpha}_i \beta + \beta {\alpha}_i) +{\beta}^2 m ) \\ &\quad + \frac{1}{2} \sum_{i \neq j} ({\alpha}_i {\alpha}_j + {\alpha}_j {\alpha}_i ) p_i p_j \end{align}

となります.これがもとの$p^2 + m^2$と等しくなるためには

\begin{align} & \sum_i {\alpha}_i ^2 =1 \\ &\frac{1}{2 }\sum_{i \neq j} ({\alpha}_i {\alpha}_j + {\alpha}_j {\alpha}_i ) =0 \\ & {\alpha}_i \beta + \beta {\alpha}_i =0 \\ & {\beta}^2=1 \end{align}

である必要があります. これらをで$\beta={\alpha}_0$とおいて整理すると

\begin{align} {\alpha}_{\mu} {\alpha}_{\nu} + {\alpha}_{\nu} {\alpha}_{\mu} = 2{\delta}_{\mu \nu} \end{align}

とまとめられます($\mu , \nu =0,1.2.3$). もし$\alpha$ $\beta$が単なるc-数であればこのような関係は成り立たないので, これらの数は何か行列で書ける量であることが分かります. ハミルトニアンを具体的に書き下すにはこれらの具体形が欲しいのでこの行列について調べていきましょう. まず,${\alpha}_{\mu}$の固有ベクトル$\mathbf{x}$を考える.これに ${\alpha}_{\mu}$を二回書けると

\begin{align} (\alpha_{\mu})^2 \mathbf{x} = \mathbf{x} \end{align}

となります.したがって$(\alpha_{\mu})^2$の固有値は1なので, $\alpha_{\mu}$の固有値は$\pm 1$です.次に $\alpha_{\mu}$のトレースを考えると

\begin{align} Tr(\alpha_{\mu}) &= Tr(\alpha_{\mu} {\alpha_{\nu}}^2) \\ &= Tr(\alpha_{\nu} \alpha_{\mu} \alpha^{\nu} ) \\ &= - Tr(\alpha_{\mu}) \\ Tr( \alpha_{\mu} ) &= 0 \end{align}

となります.$\alpha_{\mu}$の固有値は1か-1なので,トレースがゼロであるためには, この1と-1は同じ数だけないといけません. したがって固有値の数は偶数個で,$\alpha_{\mu}$の次元は偶数であることがわかります. まず2次元のときを考えると, を満たす2×2の行列はパウリ行列で,3つしかありません. よって をみたす一番簡単な行列は4×4です. また,このときこれらが作用する波動関数も4成分でなければいけないことがわかります.

上の結果を満たすような行列は無数にありますが,ここではディラック表示

\begin{align} \alpha^i &= \left( \begin{array}{rr} 0 & \sigma^i \\ \sigma^i & 0 \\ \end{array} \right) \\ \beta&= \left( \begin{array}{rr} \mathbf{1} & 0 \\ 0 & \mathbf{1} \end{array} \right) \end{align}

を使うことにします(他にはワイル表示とかカイラル表示とかいろいろあります). 自由な粒子に対するディラック方程式は

\begin{align} i\partial_t \psi &= H \psi \\ &= (\mathbf{\alpha} \cdot \mathbf{p} + \beta m) \psi \\ &= (-i \mathbf{\alpha} \cdot \mathbf{\nabla} + \beta m) \psi \end{align}

となります.ここで$\gamma^0 \equiv \beta$ , $\gamma^i \equiv \beta \alpha^i $とすると直ちに

\begin{align} (i \gamma^{\mu} \partial_{\mu} -m) \psi =0 \end{align}

となります.これが相対論的量子力学で状態の時間発展を表すディラック方程式です.

次に静止した自由粒子に対するディラック方程式の解を求めてみましょう. 今求めた方程式について,$\mathbf{p}=0$のときを考えると,

\begin{align} i\partial_t \psi = \beta m \psi \end{align}

です.これを解くと,

\begin{align} \psi_1 &=e^{-imt} \\ \psi_2 &= e^{-imt} \\ \psi_3 &= e^{imt} \\ \psi_4 &= e^{imt} \end{align}

のように4成分の解が得られます. 上の二つは$i\partial_t$を作用させた時の固有値が正なので正エネルギー解, 下の二つは負であるので負エネルギー解と解釈することができます. しかし負エネルギー解があると,粒子が無限に負の状態にどんどん落ちていってしまって, 系の状態が不安定になってしまうので, そのまま解釈するのはまずいです.この方程式を作ったディラックさんは 負のエネルギー状態にはすでに粒子が無限に詰まっているため不安定になることはないという 斬新なアイデアを出しました(ディラックの海).このとき正のエネルギーを持つ粒子は負エネルギー粒子の励起であり, 励起するときに空いた不エネルギー粒子の穴は反粒子としました. 現代ではこのディラックの海のアイデアは採用されませんでしたが, 反粒子の考え方は今も場の量子理論で使われています.


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