書評 現代の量子力学(上・下)第2版

著者:J. J. Sakurai, Jim Napolitano 著、桜井明夫 訳

出版社:吉岡書店

本書は広範な量力学の内容を丁寧に解説した、量子力学の教科書です。 この本では実験結果と理論が密接に結びついているべきだという立場をとっているので、 第1章であっても前期量子論の歴史的な話は全くなく、シュテルンゲルラッハの実験から話が始まります。 シュテルンゲルラッハの実験では磁場中を通る原子ビームの振る舞いを調べますが、原子の磁気モーメントは 最外殻電子の磁気モーメントに依っていて、さらに電子の磁気モーメントは電子のスピンに依存しているので、 結局のところ最外殻電子のスピン状態によって原子ビームの行き先が変わるという話です。

このような事情なので、冒頭から古典論では出てこないスピン自由度を扱うことになり、 始めて量子力学の本を読む方は戸惑うかもしれません。 ただ、読み進めていくとスピンの存在が実験結果をうまく説明しているという事で納得できるはずです。

そうはいってもこれは本文中で述べられているように「ショック療法」的なので人を選ぶでしょう。 個人的には他の量子力学の本で一度、簡単に学んだことがあるか、量子力学の講義を受けたことがある人向けな印象です。 内容的には難しいところはなく(飛躍がないという意味です)、論理展開が非常にわかりやすくなっています。 実験と関係するスピンの記述から入って量子力学の一般論を展開していきます。

第二章で状態の時間発展を表すシュレディンガー方程式を導き、実際に調和振動子系などのいくつかのモデルを扱います。 さらに経路積分やアハラノフ・ボーム効果なども含んでいるのは特徴的です。

つづいて第3章は角運動量の議論に充てられていて、 冒頭で導入したスピンも回転変換との関係から、きちんと定式化されます。 さらに角運動量の合成や、中心力ポテンシャル中の系に加えて、スピンに関連してのベルの不等式の議論があり、 ここでも他の初等的な本では書かれていない内容を含んでいます。ここまでが上巻の内容になります。

中身は上下巻あって非常に豊富で、全てについて言及することは冗長になるので省略しますが、 後半でも対称性と保存則の関係や、実際の問題に対する近似法、散乱問題の取り扱い、量子力学での同種粒子の性質、 相対論的量子力学といった内容を分かりやすく解説しています。

量子力学の導入の仕方と扱っている話題からいって、一番最初に読むのは難しいかもしれませんが、 2, 3冊目に適切だと思います。 量子力学の勉強をしようと思って本屋を探すと関連する教科書はたくさんあって迷います。 それぞれの本に著者の色があり、複数の本で勉強することで多角的な視点で理解を深めることができるので、 何冊か気に入ったものを読み込むとよいです。 本書はその候補として十分な内容で、おすすめできます。


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